【ローマ/カラヴァッジョの絵画巡り】そもそも〝カラヴァッジョ〟ってどんな人?異端児と呼ばれた「ならず者」?!



イタリアを代表する世紀の天才画家〝Caravaggio〟

 

 

『マタイ3部作』

(サン・ルイージ・フランチェージ聖堂/ローマ)

 

〝カラヴァッジョ〟っていう名前は知っているし、何となく絵も見たことあるような気もするけど、本当はよく知らない...という人、実は多いのではないでしょうか?!

ローマに来られた際に「まぁ、とりあえず有名だから観てみるわ」という方の為にも、本日は〝Caravaggio〟について「分かりやすく」(自分なりに)まとめてみました!

 

今さら聞けない、「まずカラヴァッジョって誰…?!」

 

Caravaggio

(1571-1610)

では、自己紹介から・・・

本名:ミケランジェロ・メリージ〟・ダ・カラヴァッジョ

バロック絵画の先駆者として、西洋美術史上に名を残す偉大な芸術家のひとり。徹底した写実主義と劇的に闇を照らし出す光と影の描写を得意とし、38才という若さでこの世を去った夭逝の天才画家。

Caravaggio
祖国イタリアでは、通貨が「リラ」の時代(ユーロの前にイタリアで使用されていた通貨)に紙幣の顔としても国民からも愛されたんだ。

紙幣の肖像画も、なかなかのイケメン。

旧リラ紙幣

makico
祖国イタリアでは既に〝ミケランジェロ〟が名声を得ていた時代、同じ名前を名乗ること嫌ったカラヴァッジョは、本名ではなく 自分の出身地を表す「カラヴァッジョ」の名を生涯を通して名乗りました。

写実主義/自然主義の分野を確立したスゴイ人!

カラヴァッジョは、ルネッサンス以降、そのスタイルから抜け出せずにいた芸術界に、新たな風を吹き込んだ先駆者としても知られている人物です。

 

静物をまるで本物であるかのようにリアルに模写し、聖書の中の物語を身近な現実で起こっている事柄のようにキャンバスへと描く。

 

今では当たり前の「見たままを忠実に捉える」〝写実主義・自然主義〟の第一人者 こそが、カラヴァッジョその人でした。

 

Caravaggio

(1571-1610)

華やかなルネサンスが終焉した時代に、徹底した写実描写、劇的な明暗対比や感情表現で「聖マタイの召命」「果物かごを持つ少年」など数々の傑作を遺し、多くの人々を魅了したんだ。

 

『聖マタイの召命』

(サン・ルイージ・フランチェージ聖堂/ローマ)

『果物かごを持つ少年』

(ボルゲーゼ美術館/ローマ)

劇的かつリアルに描く、明暗技法「キアロスク―ロ」

 

Caravaggio
「ルネサンスを超えた男」とも呼ばれていたね。

 

才能の豊かなカラヴァッジョが持っていた迫真の描写力、一筋の光が暗闇を貫くように鮮烈で力強く染め上げていく色彩感覚、【 キアロスクーロ 】と呼ばれるドラマチックかつ烈な明暗技法によって、躍動しているかのように浮かび上がる人物たち、そのセンセーショナルな表現技法から同時代を生きる画家たちに多大なる影響を与えました。

 

makico
キアロスクーロ】は、色彩検定を受験された事がある方にはお馴染みですね!

イタリア語で「明暗」を意味し、光の当たる部分は黄みを強く、影の部分には青みを強くして〝明暗対比を劇的に強調する〟という レオナルド・ダ・ヴィンチ が最初に使用した技法のことです。

 

カラヴァッジョの登場以降、絵画とは、従来のような現実味のない理想世界を描くだけのものではなく、〝いかに現実をリアルに模写するか〟とった認識も広がっていきます。

 

補足
この時代にカラヴァッジョの存在がなかったら、レンブラント 、ルーベンスホセ・デ・リベーラベルニーニといった、バロック美術の巨匠たちの作品は、この世に生まれていなかったかも知れないと言われているほど〝スゴイ人〟だったカラバッジョ!

ディエゴ・ベラスケス

ベラスケス(1599-1660)
私も カラヴァッジョから多大なる影響を受けた 画家のひとり

レンブラント(1606-1669)

彼がいなければ、私の絵画は存在しなかっただろう・・・!

天才にして、悪名高い「ならず者」?!

しかしながら、その強烈すぎる彼の表現方法は、理想を追う古典主義の中では 品位に欠ける野蛮な作品 として時に世間からの多くの非難を浴びることもありました・・・。

 

Caravaggio
画学生を襲撃したり、居酒屋の店員の態度が気に入らず暴行したり、警官に暴言を吐いたり・・・など、警察には 100回以上 お世話になったね。

 

また、独自の宗教観を持っていた彼は 高級娼婦をモデルにして「聖母マリア」の宗教画を描いた こともありました。〝神聖なる宗教画〟とは相反するイメージの人物を幾度となくモデルとしたことでは世間の度肝を抜き、リアルさを追求したその画風からは、作品の受取りを拒否されることなども!

 

Caravaggio
周りには、私は随分と 血の気の多い人物 として 知られていたようだね。

・・・いわば、絵だけが天才的に上手い〝単なるゴロツキ〟とのことだ。

 

『パラフレニエリの聖母』

(映画〝カラヴァッジョ〟のワンシーンより)

 

芸術界の異端児が生きた、流転の生涯。

 

彼自身の内面にある〝繊細さ〟を物語っているかのような、光と影が照らし出す人々の内面さえもリアルに再現したようなドラマチックで躍動する世界観。カラヴァッジョは、その繊細さゆえ多くのトラブルを起こし、その繊細さがゆえに人々が心に持つ光と闇がより深く見えたのかも知れない。...そう人々に思わせるほどの、その粗暴で激しい性格とは相反するように、彼が描き出すのは息を飲むように心を揺さぶる数々の名画たちです。

 

「その人生は、光の部分は限りなく美しく、影の部分は果てしなく罪深い」

(映画〝カラヴァッジョ〟より)

『洗礼者聖ヨハネの斬首』

(マルタ島バレッタの聖ヨハネ大聖堂美術館)

 

makico
それでは、ここから 彼の波乱に満ちた人生 に触れていきましょう!夭逝の天才画家は、一体どのような生涯を送ったのでしょうか・・・

激しい光と闇を纏った、ひとつの物語。

 

28歳の時に描いた絵画「聖マタイの召命」「聖マタイの殉教」にて、一躍〝画壇の寵児〟となったカラヴァッジョ。そんな輝かしいようにも思えた、彼の38年の人生とは?!

 

Caravaggio

(1571-1610)

後に「カラバッジョ村の出身」を意味する〝Da Caravaggio〟を名乗る、私こと〝ミケランジェロ・メリージ〟は、1571年にミラノの地元貴族の両親の元に生を受けた。幼少期は「カラヴァッジョ村」に移り住み、そこで育つんだ。
カラヴァッジョ
13歳の頃から師匠である ペテルツァーノ から絵画を学び、母親を亡くした20歳の時にローマに来た私は、静物画を好んで描いていたのだが、パトロンとなってくれた デル・モンテ枢機卿 の影響で 宗教画を中心に描くようになる。

 

描きたい作品をひたすらに描き続け、愛したい女性をひたすらに愛した天才画家、カラヴァッジョはその血の気の多い激しい気性からも「美術界の異端児」と呼ばれ、型に囚われることなく、その激しい命を絵画に捧げます。

 

Caravaggio
・・・この時代に写実主義をどのように追及していったのか?

それは、肉体美の友人に「聖マタイの殉教」のモデルを頼んでみたり、自殺した中年女性をアトリエに持ち込んでみたりして、実際の光線の角度を確かめながら構図を考えてたりしていたよ。

 

自身を貫くために幾度となく無謀な戦いを挑み、そのため多くの敵を作っていったカラヴァッジョの人生は、ここから「ローマ」、「ナポリ」、「マルタ」、「シチリア」へと流転していくことになります。

 

逃亡生活の幕開け

 

『聖マタイの殉教』

(サン・ルイージ・フランチェージ聖堂/ローマ)

 

〝流転の人生〟は思いがけず、意図しないカタチで 35歳のカラヴァッジョの元へ とやってきました。画家としての高い名声を得て、順風満帆であったはずの1606年。

 

Caravaggio

(1571-1610)

まさか、この私が追われる身になろうとは・・・

些細なケンカから 相手を刺殺してしまった カラヴァッジョは、殺人犯として死刑宣告を受け、ローマからの逃亡を余儀なくされます。罪人として追われる身となったカラヴァッジョは、ナポリを経て、マルタ島での逃亡生活を送ります。

 

makico
聖ヨハネ騎士団(聖マルタ騎士団)に加入し〝教皇から恩赦を得る〟というのが、マルタ島での彼の思惑だったようですね。

 

カラヴァッジョ
ナポリからマルタ島へと逃亡した私は、加入した聖ヨハネ騎士団にて〝騎士の位〟を授かった。

騎士団長の庇護の元で私はひたすら作品を描き続け、聖ヨハネ騎士団のサン・ジョヴァンニ大聖堂を飾る傑作「洗礼者ヨハネの斬首」を完成させる。いつでも身を護るための剣を携帯し、どこででも絵を描いたよ。

 

Caravaggio

しかし・・・

生来の激しい性格が災いし、称号の任命からわずか1カ月後、騎士団員とトラブルを起こして私は投獄され幽閉の身となってしまう。

 

流転の地マルタでも投獄され、

再び窮地に立たされたカラヴァッジョ。

 

Caravaggio
・・・よし、脱獄成功!!!

まずはこの島から出て、南イタリアに逃げることにしよう。

 

脱獄に成功したカラヴァッジョでしたが、騎士団長の許可なく島から離れることは重大な規律違反であったため、彼は 聖ヨハネ騎士団の騎士から除名 されてしまいます。

 

カラヴァッジョ
そして..

翌年の1609年、私はマルタと同じような 乱闘騒ぎをナポリでも起こしてしまってね・・・。乱闘相手からの居酒屋で待ち伏せされ、瀕死の重傷を負わされるような事件もあったよ。

 

流転の人生「終焉」と「再生」

 

『ロレートの聖母』

(サンタゴスティーノ教会/ローマ)

 

マルタ島から逃亡したカラヴァッジョは、シチリアやナポリに滞在。その後、支援者などの署名活動により〝恩赦によって殺人罪が許される〟という情報を得て「洗礼者聖ヨハネ」など3作品を持って、船でナポリからローマへと向かいます。

 

Caravaggio

(1571-1610)

1610

教皇からの恩赦を受けるためにローマへと向かうが、近郊の港「パロ」で誤認逮捕をされてしまうんだ・・・。釈放後、私は 逮捕の際に没収されしまった教皇への絵画を探すため〝ポルト・エルコレ〟の地を目指すことにした。

Caravaggio
同年、7月18日。

恩赦を強く願う想いとは裏腹に、私は熱病に侵されたまま 38年の人生に幕を下ろすことになる没後には ローマ教皇からの恩赦を賜り、私の罪は永遠に許されることになった。

 

Caravaggio
そして、〝聖ヨハネ騎士団のマントに包まれていた〟との記録が残る私の亡骸は、時代と共に行方不明になってしまっていたようだが・・・

 

makico
そして、時代は流れ...1956年

カラヴァッジョの遺骨は「道路拡張工事」の最中に、偶然〟発見されることになります!

 

現代科学による詳細な分析の結果、発見された遺骨は 85%の高い確立でカラヴァッジョ本人のものと断定されました。2010年、ポルト・エルコレ(Porto Ercole)市長と「カラヴァッジョ支援協会」が、彼の没後400年を記念して、彼のお墓を建て、そこへ遺骨が埋葬されしました。

【 カラヴァッジョ 】(1571-1610)を名乗った〝ミケランジェロ・メリージ〟と記されています。

 

makico
カラバッジョの人生の終焉の地であった、港町「ポルト・エルコレ」(トスカーナ州の南に位置する〝マレンマ〟と呼ばれる海岸地域)が、現代の科学の力により彼の本当の安住の地となり、世紀を超えた長きに渡る流転の人生にピリオドが打たれました。

 

カラバッジョ
・・・やっと落ち着いてゆっくり休めそうだ。

日本で世界初公開!個人秘蔵の〝カラヴァッジョ〟

 

『エマオの晩餐』

(ブレラ美術館/ミラノ)

Risultati immagini per カラヴァッジョ展

 

2016年3月から、東京/上野の国立西洋美術館で開催されていた「カラヴァッジョ展」では、彼が死ぬ間際まで携えていた幻の作品「法悦のマグダラのマリア」が世界で初めて公開され、日本でも話題を呼びましたね。

 

『法悦のマグダラのマリア』

新たな〝カラヴァッジョ〟屋根裏から見つかる?!

 

2014年、

フランス南西部トゥールーズ近郊の住宅で、雨漏りのする天井を住人が調べていたところ、カラヴァッジョ作の「ホロフェルネスの首を斬るユディト」だと思われる絵画が発見され、大きなニュースとなりました!

 

『ホロフェルネスの首を斬るユディト』

トゥールーズの屋敷の屋根裏部屋から発見された『ホロフェルネスの首を切るユディット.jpg

 

makico
フランス政府は、専門家による作品の鑑定が続く2年半の間、国外への持ち出しを禁止 しています。

保存状態がとても良いので、もし本物であれば〝1億2000万ユーロ〟(日本円でおよそ150億円)の価値があるのでは?!…と言われています。今後の鑑定の行方が気になるところ!

 

☟カラヴァッジョの同タイトルの別作品

『ホロフェルネスの首を斬るユディト』

バルベリーニ宮殿(国立古典絵画館)/ローマ

☞作品モチーフ「ユディトの物語」

激しく情熱的に生きた夭逝の天才、「光と闇」の軌跡(まとめ)

 

 

makico
〝ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ〟というひとりの人間の、38年の流転の生涯 はいかがだったでしょうか?

カラヴァッジョは生涯で遺した作品が少ない事でも知られ、短い人生を激しく生きた彼ですが、400年経った今でも彼の作品は人々の魂を震わせ、心を動かし、ドラマチックな色彩から成る「光と影」は色褪せることなく、今も観る人すべての頭上に強い光を注ぎ込みます。

 

makico
実は私、カラヴァッジョ自身については本当に恥ずかしいくらい何も知らず、「カラヴァッジョが描いた絵」「とりあえず有名な絵」「ガイドブックに載っている絵」などとしか思わないまま、贅沢にもオリジナルを毎回鑑賞していました...反省!

 

補足
1592年~1606年までの14年間をローマで過ごしたカラヴァッジョが、この間に描いた絵画がローマの教会に飾られています。無料で鑑賞することが出来ますので、「カラバッジョの絵画巡り」をローマでどうぞ堪能してみて下さいね。

 

Caravaggio
私の生涯については、日本でも映画やDVDでもしっかりと観ることが出来るようだ。映画では作品にも触れていて、何よりも目で見て楽しめるのが一番楽で良いだろう。
makico
2010年のカラヴァッジョ没後400年を記念して、イタリアで制作されたTVシリーズ全2話を1本のフィルムにまとめて劇場用公開したものだそうです。

 

 

カラヴァッジョ

 

ーこの身は愛するために、命は描くためにー

情熱的に愛し、自身の信念を貫くために闘いを挑み、そのために多くの敵を作った彼の人生はローマ、ナポリ、シチリアへと流転する。絵画の依頼主であったヨーロッパ貴族による教皇の座をめぐる争いの中で、ある時は時代の寵児に、ある時は反逆者の烙印をおされた画家の真実の姿とは・・・?

         

カラヴァッジョ~天才画家の光と影~【完全版】 [DVD]

        

(映画〝カラヴァッジョ〟オフィシャルサイトより)

 

劇的に生きたひとりの画家の人生の軌跡、光と影の姿、夭逝の天才が見たリアルな世界。

 

そんな訳で、私自身も初めてカラヴァッジョについて色々と調べてみましたが、「知る」ことで絵画を観る印象が大きく変わりました!!!それをシェアしたく、今回はこんな感じのコラム的なものを書いてみました

 

 

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